第1講 世界のM&Aから考える、会社を成長させるための資本戦略
M&Aを正しく活用する時代 第1講 世界のM&Aから考える、会社を成長させるための資本戦略 目次
M&Aは、会社を売るためだけの手法ではありません
「M&Aを正しく活用する時代」シリーズの第1講では、まず、世界のM&Aの捉え方から話を始めます。
日本では、M&Aという言葉を聞くと、今でも多くの方が、次のようなイメージを持たれるのではないでしょうか。
- 後継者がいない会社を第三者に売却すること
- 経営が苦しくなった会社を買い手に引き取ってもらうこと
- 大企業や投資ファンドが、中小企業を買収すること
- 敵対的買収のような、攻撃的な企業買収
もちろん、これらもM&Aの一部です。
しかし、世界のM&Aを見ていくと、M&Aは、会社を終わらせるためだけの手法ではないことがわかります。
むしろ、アメリカをはじめとするM&A先進国では、M&Aは、企業が成長するための資本戦略であり、起業家が企業価値を高めるための出口戦略であり、大企業が新規事業を短期間で獲得するための経営戦略として活用されています。
中小企業のオーナー経営者にとっても、M&Aは、単に会社を売るための手段ではありません。
外部資本を受け入れる。
投資企業と資本提携を行う。
事業承継を円滑に進める。
自社の企業価値を高める。
将来、より高い価格で会社を譲渡する。
あるいは、買収によって新規事業に参入する。
こうした経営戦略の中に、M&Aがあります。
この第1講では、アメリカ、中国、そして日本のM&Aを比較しながら、なぜ今、日本の中小企業経営者がM&Aを正しく学ぶ必要があるのかをお話しします。
アメリカ合衆国のM&A

アメリカ合衆国のM&Aは、敵対的買収だけではありません
M&Aとは、Mergers and Acquisitionsという英語の頭文字をとった言葉です。
Mergersとは、合併のことです。
Acquisitionsとは、買収のことです。
つまり、M&Aとは、本来、「合併と買収」を意味します。
この言葉から、資本の力で他社の株式を買い集め、経営権を奪うような攻撃的なイメージを持つ方もおられるでしょう。
実際、アメリカのウォール街では、上場企業を対象とした敵対的買収やTOBが大きく報道されることがあります。
敵対的買収とは、対象会社の経営陣の同意を得ないまま、株式公開買付け、いわゆるTOBなどの手法によって株式を取得し、経営権の取得を目指すM&Aです。
映画やニュースでは、このような敵対的買収が強く印象に残ります。
そのため、アメリカのM&Aは、すべてが攻撃的で、戦闘的で、会社を奪い合うような世界だと思われがちです。
しかし、それはアメリカのM&Aの一部に過ぎません。
アメリカでは、友好的なM&A、事業承継のためのM&A、成長企業への投資、大企業による新規事業買収、ベンチャー企業のEXIT、投資ファンドによる事業再編など、さまざまなM&Aが日常的に行われています。
アメリカの経営者や起業家は、M&Aを「会社を奪われること」ではなく、企業価値を高め、次の成長へ進むための手法として捉えています。
ここが、日本の中小企業経営者にとって、最初に学ぶべき大きな違いです。
松本尚典と、アメリカ・ウォール街のM&A実務
遅れましたが、執筆者の自己紹介です
この「M&Aを正しく活用する時代」を執筆しておりますのは、株式会社URVプランニングサポーターズ代表取締役の松本尚典です。
私は、東京に生まれ、中央大学法学部法律学科で企業法・会社法の基礎を学びました。
大学卒業後、日本の都市銀行に入行し、その後、銀行系シンクタンクに配属されました。
そこで、企業経営者に対する経営コンサルティング、不動産コンサルティング、資産家向けの経営支援に携わるようになりました。
当時の日本では、現在ほどM&Aという言葉は一般的ではありませんでした。
しかし、銀行グループの中では、大企業同士の合併や資本再編の実務が存在しており、若い頃から、企業の株式、支配権、事業承継、合併という世界に触れる機会を得ました。
その後、私はアメリカに渡り、米国MBAを取得し、ニューヨーク・ウォール街の金融系コンサルティング会社で、M&Aを含む企業財務・経営コンサルティング業務に従事しました。
米国公認会計士の資格も取得し、アメリカ企業が絡むM&A、クロスボーダーM&A、TOB案件、友好的買収、事業再編、企業価値評価など、数多くの案件を経験しました。
もちろん、その中には、ウォール街らしい大型案件や、敵対的買収に近い案件もありました。
しかし、私が実務で見てきたM&Aの多くは、日本で一般に想像されるような「会社の奪い合い」ではありません。
むしろ、成長する会社が、より大きな資本と結びつく。
大企業が、新規事業を取り込む。
起業家が、自分の事業価値を高めたうえで、より大きな舞台に進む。
投資家が、会社の次の成長ステージに資金と経営資源を入れる。
そうした、前向きなM&Aでした。
現在、私が株式会社URVプランニングサポーターズで進めている成長企業M&Aアドバイザリーは、このようなアメリカ型のM&A実務と、日本の中小企業経営の現実を接続させることを目的にしています。
アメリカでは、なぜM&Aが成長戦略として使われるのか
理由① 大企業が短期間で成長事業を獲得するため
アメリカでは、M&Aは、新規事業開発の重要な手法として使われます。
大企業がゼロから新規事業を立ち上げるには、時間がかかります。
人材を採用し、技術を開発し、顧客を開拓し、ブランドを築き、収益化するまでには、長い時間と大きなリスクが伴います。
一方で、既に成長し始めている企業を買収すれば、時間を買うことができます。
顧客を買う。
人材を買う。
技術を買う。
ブランドを買う。
市場への入口を買う。
これが、アメリカ企業がM&Aを多用する理由の一つです。
特に、株主から短期間で成果を求められる経営陣にとって、M&Aは、成長スピードを上げるための現実的な手法です。
理由② 起業家が、最初からEXITを考えて事業を作るため
もう一つの大きな理由は、起業家側の考え方です。
アメリカの起業家は、起業の段階から、将来のEXITを強く意識していることが少なくありません。
EXITとは、事業を成長させた後、株式譲渡、M&A、上場などによって、創業者や投資家が投下した資本を回収する出口戦略です。
日本の中小企業経営者の中には、会社を一生続けること、子どもや従業員に継がせることを前提に考える方が多くおられます。
それ自体は、決して悪いことではありません。
しかし、経営者が高齢になったとき、後継者がいない。
従業員に買い取る資金がない。
親族が経営を継ぐ意思を持たない。
会社の価値が大きくなりすぎて、個人では承継できない。
こうした現実に直面することがあります。
アメリカの起業家は、事業を始める時点から、将来どのように会社の価値を回収するのかを考えます。
会社を大きくし、企業価値を高め、大企業や投資家に株式を譲渡し、その資金で次の事業に進む。
あるいは、自分自身の資産形成を実現する。
この発想は、日本の中小企業経営者にも必要です。
理由③ M&Aが、起業家精神の循環を生むため
M&Aが活発に行われる社会では、起業家が会社を作り、成長させ、売却し、得た資金で次の事業に挑戦する循環が生まれます。
大企業は、優れた技術や事業モデルを持つ企業を取り込みます。
起業家は、事業を売却して資産を得ます。
投資家は、投資回収を行います。
従業員は、大きな資本のもとで事業拡大の機会を得ます。
もちろん、すべてのM&Aが成功するわけではありません。
買収価格が高すぎる、PMIに失敗する、組織文化が合わない、想定したシナジーが出ない、という失敗もあります。
しかし、M&Aを成長戦略として活用する発想があるからこそ、アメリカでは、起業・投資・成長・EXITの循環が生まれやすいのです。
日本でも、これからは、事業承継型M&Aだけでなく、成長企業M&A、資本提携、第三者割当増資、事業譲渡、PMIまでを含めた資本戦略として、M&Aを理解する必要があります。
中華人民共和国のM&A

中国企業は、クロスボーダーM&Aの重要なプレーヤーです
次に、中国のM&Aについて見ていきましょう。
中国は、2000年代以降、世界経済の中で急速に存在感を高めました。
その過程で、中国企業は国内市場の成長だけでなく、海外企業への投資、技術取得、ブランド取得、市場獲得を目的としたクロスボーダーM&Aを積極的に行ってきました。
日本企業は、伝統的にクロスボーダーM&Aを苦手としてきました。
一方、中国企業は、海外市場へのアクセス、技術、ブランド、販売網、人材の獲得を目的として、国境を越えるM&Aを戦略的に活用してきました。
ただし、現在の中国企業による海外M&Aは、以前のように一直線に拡大する局面だけではありません。
米中関係、各国の安全保障上の外資規制、重要技術の管理、中国国内経済の変化、資本規制などにより、中国企業の海外投資やM&Aには、慎重な判断が求められる場面が増えています。
したがって、日本企業が中国企業とのM&Aや資本提携を検討する場合には、単に買い手候補として見るだけでなく、法規制、外為法、技術流出リスク、取引後のガバナンス、PMI、政治リスクまで含めて検討する必要があります。
URVグローバルグループと中国・香港ビジネスの関係
私自身は、アメリカのニューヨークを拠点としていた時代から、中国・香港ビジネスに関わってきました。
ニューヨーク・ウォール街で所属していた国際会計系コンサルティング会社は、欧米とアジアのクロスボーダー取引にも関与しており、私は香港の会計士・専門家と連携しながら、中国・香港関連のビジネスにも携わりました。
英語が通じる香港は、欧米と中国ビジネスをつなぐ重要な拠点でした。
そのため、香港を経由した投資、企業提携、クロスボーダーM&Aの実務にも多く触れてきました。
2007年に日本へ帰国した後も、中国、香港、台湾を含む中華圏の事業家との関係を築き、URVグローバルグループとしても、アジアビジネスに関与してきました。
日本の中小企業が今後、海外展開、資本提携、M&Aを考える場合、アメリカだけでなく、中国・香港・台湾・ASEANを含むアジア市場の動向を理解することが重要です。
日本の中小企業経営者が、世界のM&Aから学ぶべきこと
世界のM&Aを見て、日本の中小企業経営者が学ぶべきことは、M&Aを「会社の終わり」としてだけ見てはいけないということです。
日本では、M&Aが事業承継や後継者不在の解決策として語られることが多くあります。
もちろん、それは非常に重要です。
しかし、それだけではありません。
M&Aは、会社を成長させるための資本戦略です。
- 自社の企業価値を知る
- 株主構成を整える
- 買い手企業や投資家の視点を理解する
- 株式譲渡・事業譲渡・第三者割当増資を使い分ける
- 資金ショート前に、資本政策を考える
- EBITDAや将来キャッシュフローを意識する
- 秘密保持とデューデリジェンスに備える
- PMIまで見据えてM&Aを設計する
このような知識を持つことで、経営者は、M&Aを「追い詰められてから使う手段」ではなく、「会社を大きくするために準備して使う手段」として活用できます。
私は、M&Aを単なる売却仲介の技術とは考えていません。
M&Aとは、経営戦略、資本政策、企業価値評価、株主対策、資金調達、事業承継、成長戦略、PMIまでを含む、総合的な経営判断です。
だからこそ、この連載では、M&Aを正しく活用するために必要な基礎知識を、順を追って解説していきます。
この連載で、M&Aをどの順番で学ぶべきか
第1講では、世界のM&Aを通じて、M&Aを成長戦略として見る視点をお伝えしました。
次の第2講では、いよいよ、経営者が最も知りたいテーマである「自社の価値」を扱います。
自分の会社はいくらなのか。
企業価値、事業価値、株主価値は何が違うのか。
純資産法、DCF法、EBITDA、のれん代はどう考えるのか。
M&Aを検討する経営者にとって、企業価値評価は、最初に理解すべきテーマです。
その後、第3講では、複数株主がいる会社の株主対策。
第4講では、買い手側企業担当者の視点。
第5講では、株式譲渡・事業譲渡・資本提携の使い分け。
第6講では、資金ショート前に動くべき理由。
第7講以降では、EBITDA、秘密保持、デューデリジェンス、支援者選び、PMIなど、M&A実務の重要論点を解説していきます。
この連載が、会社売却だけでなく、資本提携、成長資金の調達、買収による新規事業参入、事業承継を考える経営者の皆さまにとって、M&Aを正しく理解する入口になれば幸いです。
続く
本稿の著者

松本 尚典
- 米国公認会計士
- 一般財団法人M&Aアドバイザー協会認定M&Aアドバイザー
日本の大手銀行から、ニューヨーク・ウォール街での金融系コンサルティング業務を経験した後、日本に帰国し、国内の大手企業数社で役員を歴任。この間、M&A大国アメリカで、クロスボーダーM&A、TOB案件、友好的買収、成長企業投資など、複数のM&A案件に関与。また、日本国内でも、投資企業側の責任者としてM&A案件を推進してきた実務経験を有する。 2015年にURVグローバルグループのホールディング会社で、経営支援事業を本業とする株式会社URVプランニングサポーターズを設立。多くの中小企業経営者の経営顧問や監査役として、成長戦略、資本政策、事業承継、M&A、PMIに関わる。 こうした業務の中で、投資企業側の事情と、投資を受ける中小企業側の事情の双方に精通する知識と経験を活かし、成長企業への投資案件に特化した、成長企業M&Aアドバイザリー事業を進めている。
成長企業M&Aサービスのご紹介
強い成長を目指す企業(成長企業)と、投資によってスピードある新規事業の参入を目指す企業(投資企業)の、資本提携をM&Aの手法で実現する成長企業M&A

成長企業M&Aとは、成長期にあるベンチャー企業や中小企業と投資企業を仲介し、企業の飛躍的成長を実現するために、M&A、資本提携、第三者割当増資、事業提携などを組み合わせる手法です。
URVプランニングサポーターズが提供する「成長企業M&A」では、単なる会社売却の仲介ではなく、企業価値評価、資本政策、投資家候補探索、買収戦略、デューデリジェンス、PMIまでを見据えて、企業の成長力・資金力を高め、事業成長の壁を打ち破る支援を行います。



